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礼拝説教集: あなたも仲間に

​​礼拝説教要旨

​2026年6月7日(日)礼拝説教要旨
 

「ほかの福音といっても…ある人々があなたがた

を惑わし、キリストの福音を覆そうとしているに

すぎないのです。」

 (ガラテヤの信徒への手紙1章7節より)

 ガラテヤ地方の諸教会に“ある人々”がやって来て、パウロ達が告げ知らせたキリストの福音とは違う教えを教え始めます。彼らはエルサレム教会員でユダヤ教徒からの改宗者でしたが「キリストを信じる信仰に加え、割礼を受けモーセの律法を守る努力をしなければ救われない」と、本来の福音とは似ても似つかない異なる教えを持ち込んだのです。パウロはその人々に向かって“呪われよ”と実に激しい言葉を投げ掛けました。不快でもあり不吉でもある“呪い”の言葉まで書き送ったのは、このまま放置すればキリストの死が無意味になりキリストの十字架の恵みが骨抜きになってしまうからでした。人は只御子キリストの贖いの十字架と復活の力によってのみ罪赦され義とされ救われます。私共と世界を救う希望と力は、キリストの福音だけにあるのです。他の如何なる哲学も思想も破滅から救う事は出来ません。

            牧師 桑原睦彦

教会前の花壇

​2026年6月14日(日)

「…もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、

わたしはキリストの僕ではありません。」

 (ガラテヤの信徒への手紙1章10節より)

 パウロの伝道者、使徒としての気概と誇りが伝わって来る様な御言葉です。パウロは教会の迫害者であった最中に召しを受け、キリストの僕へと変えられました。それ以来自分の事を“キリストの僕であるパウロ”と自己紹介する様になります。自分が僕であれば主人はキリストです。その関係は私共が努力して築いた訳でなく、恵みとして与えられた信頼の絆です。主イエス・キリストは私達を罪から贖い御自分の者として買い戻す為、十字架の血潮という代価を支払って私達の主となって下さいました。それは私達を御自分の僕として招いて下さった事を意味します。良い僕は主に忠実に仕える事を無上の喜びとします。私達がキリトを主と信じ告白しつつその御心に喜んで仕える限り、私達はその人生を走り終える迄目的と意味を見失う事も迷う事も無く、御国が栄える為にこそ生き、死ぬ者とされます。キリストの僕として終生生き抜く事こそ僕の本分・本領なのです。

     牧師 桑原睦彦

開花

​2026年6月21日

「わたしはこの福音を…イエス・キリストの啓

示によって知らされたのです。」

 (ガラテヤの信徒への手紙1章12節より)

 パウロは、自分が使徒として召されたのは人間的な画策や誰か力ある権力者に依る事でなく、又人間的な思惑によって選ばれたのでもなく神様やイエス様によって任命されたのだという事を語る(1節)と同時に、自分が宣べ伝えている福音もイエス様による啓示(開き示されること)によるものだと自らの“回心体験”を根拠に語ります。それはパウロだけの特別な賜物ではありましたが、実は私達にも神の働き(聖霊の働き)が働いて直接では無いけれども導き祈って下さる誰かの働きを通じ信仰に導かれる時、福音が啓示されるのです。キリストの福音は必ずキリストにまで遡り、福音の源は神御自身であるので人を救う力があります。もし誰かが本来の福音に余計なものを付け加えたり、変えてしまえば救うどころか苦しみ・重荷を負わせる更に悪質な律法主義を助長する事になるでしょう。パウロはその様な紛い物の信仰に断固として“否”と言ったのです。

     牧師 桑原睦彦

花壇

​​2026年4月26日(日)

「パウロは、…全く自由に何の妨げもなく…主イ

エス・キリストについて教え続けた。」

(使徒言行録28章30~31節より)

 ローマでパウロは丸2年の間、借家住まいを許されました。監視付きではありますが、それでも来訪者に福音を告げ伝道し続ける事が出来ました。聖書はその後のパウロがどの様な歩みをしたか、最期はどうであったのか、全く語りません。伝承によれば、皇帝ネロの下殉教したと伝えられていますが、聖書は手短に“全く自由に、何の妨げもなく伝道し続けた”とだけ語って締めくくります。これはパウロ個人についてのみ語られた事でなく、その後に続く地上の教会の姿でもあります。実際には厳しい迫害が起こり様々な妨げに遭いますが、それでも尚教会は聖霊の助けに与りつつ“自由に、そしてあらゆる妨げにも拘わらず”福音を宣べ伝えて行きました。その結果、今の私達にも福音が届けられ至る処に教会が建てられています。終末(世の終わり)に向かって旅する教会として、地上の教会はこれからも福音を伝えて参ります。

牧師 桑原睦彦

​2025年11月30日

「数日たって、アグリッパ王とベルニケが、フェ

ストゥスに敬意を表すためにカイサリアに来た。」

(使徒言行録25章23節)

パウロが皇帝に上訴した為にローマへの護送が決まりましたが、その前に思いがけなくもキリストを証しする機会に恵まれます。新総督フェストゥスを表敬訪問する為、ユダヤからヘロデ・アグリッパとベルニケ兄妹がカイサリアを訪れますが、この機会にフェストゥスはアグリッパからパウロの罪状を皇帝に説明する為の助言を得ようとします。2人の「歓迎式典」にパウロは呼び出され話を強要されます(26章)が、それは証しの場となり信仰告白の機会となりました。現在、信教の自由は憲法に定められている重要な権利の1つですが時に国家の圧力等によりこの基本的権利も脅かされる場合があります。パウロの闘いは、ある意味信仰の自由を勝ち取る為の闘いでもありました。私達は礼拝する自由を守らねばなりません。そしてその権利を自由自在に用いて信仰の恵みを1人でも多くの方々と分かち合いたく思います。クリスマスが祝されます様祈ります。

牧師 桑原睦彦

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